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たとえ徒労で

無力な一介の庶民に過ぎない私は、もはや政治に対してもの申したり、カリカリするのも馬鹿馬鹿しくなって、この頃は無関心になっていたけれど、やっぱりそれではいけないのかもしれない。
たとえ徒労で、無力であろうとも、一票を投じる権利がある以上、その分の責任はあるのだろうし、いちおう、この時代を生きる人間として、この時代に責任があるのだろう。

達観した上で、カリカリしたり憤慨することもなく、いかに政治や時代から離れずに向き合っていくか、
そんなスタンスが、まだ自分では十分に確立できないけれど、いつか確立できたらと思う。

結局、個人間の絆や間柄と同じく、政治や社会や時代に対しても、愛や慈悲がないと、達観した上で向かっていくことはできないのではないかと思う。
そのためには、一見迂遠で、遠回りだけれど、私の場合は、浄土門や正定聚の菩薩ということをくぐっていかないと、なかなか自分の中のモチベーションを維持できないのだろうなあと思う。

小泉さんが、並外れてパフォーマンスがよかった、という、それだけしか違いがわからないのだが、どうだろう。

それだけでは無いですよ。
その結果が上述の内容を含んでいるなら
それに対してよっぽど考えるほうが有益だと思います。

そもそも、小泉政権時代にコミセンの纏めをしていたのが
安部さんで、今回の一件を踏まえて
コミセン主導の方針をとるようになれば
今後の支持率も現状とは比べ物にならないものになるかもしれません。

理詰めで国民が動かないのであれば、そういう方法について
考えるのも必要なことではないでしょうか?

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